──はじめに
本来なら、合格する人と合格しない人を比較しながら論ずるべきだったのかも知れない。
しかし、あえて「不合格者に共通すること」というタイトルを付けて論じることにした。
合格する人の勉強法は多種多様であって、これが唯一無二の勉強法などというものは存在しない。ところが不合格者には、不思議と共通性がある。
今回の記事では、その共通性に着目し、重要だと思われるものを6つ取り上げることにした。
──テキスト至上主義者
過去問の重要性がまったく認識できずに、テキストを隅々まで読み込んで記憶すれば「合格」できると本気で信じている。
そういう思考回路の人を、私は「テキスト至上主義者」と呼ぶ。
今から20年前の宅建試験ならば、あるいはテキストの読み込みだけでも合格できたかも知れない。
だが今はムリだ。
20年前と現在では、試験の難易度に隔絶の差がある。はっきり言って、今の宅建試験にテキストだけで合格するのはほぼ不可能といえる。
過去問の独特の言い回しに慣れておかないと、思うように点が取れないからだ。ある意味、日本語能力が問われる試験でもある。
中・高で現代文が苦手だった人には少々辛いかも知れない。
権利関係などは、数学の証明問題と通じるところもあるだろう。
そしてテキストの読み込みに、総勉強時間の50%以上を費やしている人は要注意だ。
今すぐにでも、過去問中心の勉強にシフトチェンジしなければならない。
春先の早い段階ならまだいい。テキストと過去問(一問一答)を行き来する初期の学習ならば、五分五分の比率になってもおかしくない。
しかし願書を提出する7月以降に、テキストの方が過去問より時間比率が大きいようならば、それは明らかに危険信号である。
7月以降は、テキストは通読せずに辞書的に使うのが正しい。
過去問の独特の言い回しに慣れ、あわよくば肢の内容やフレーズを覚えてしまうことで、本試験で誤りの肢を瞬時に見抜く力が養える。
誤りの肢に違和感を覚え、目利きができるようになるのだ。嗅覚と言い換えてもいいだろう。
その力は、テキストだけでは絶対に身に付かない。しつこいくらいに過去問演習をしないと、誤りの肢を瞬時にさばけないのだ。
宅建試験の合否を左右するほど大切な力。違和感を感じとれる力。
この力を養わない限り、合格はないと断言してもいい。
──正解肢を選んで終わり
例えば四択の過去問で「正しいものはどれか」という問いに対し、一番上の肢が正しい答えだったとする。
「1番の肢が正解だから、もはや2~4番の肢は読む必要すらない。時間のムダだ」
そう判断して次の過去問に移る。
次の四択問題では2番の肢が正解だった。だから3番と4番の肢は華麗にスルー。そしてまた次の過去問に移る。
そんな勉強法で本当にいいのか?
私は以前に、四肢択一は「一問一答」が4つあるものとして解くことを勧めた。つまり、4つの肢すべてで◯✕の判定をせよ、と。
そういうスタンスで問題を解かなければ、過去問の価値は半減してしまう。
過去問はある意味、宝の山である。捨てていい肢など無いに等しい。「誤っているものはどれか」でも考え方は同じである。
上でも述べたが、一つ一つの肢の正誤を瞬時に見抜き、判別する。
言い換えれば、肢の分析。この訓練を地道に行うことで、過去問が自身の血肉となり、合格をつかみ取ることができるようになるのだ。
正解肢を選んだことに満足し、残りの肢を疎かにしていたら合格は遠のくばかりである。
──どの教材も中途半端
端的にいえば、一問一答と分野別過去問集をマスターすれば合格できる。
不合格になる人は、まずここができていない。というか、完璧に仕上げた教材が一冊もないのが特徴だ。
すでに手を付けている教材があるにもかかわらず、あの教材が良いと言われればそれを買い、またあの教材が良いと聞けばそれも買う。
次から次へと手を広げていく。
結果、どれも満足に消化できずに終わってしまう。
合格者の大半は違う。他の教材に目移りせず、今やっている教材を徹底的に使い倒そうとする。
仮にそれが過去問集ならば、100%かそれに近い正解率を叩き出す。70%や80%で妥協することはない。
だが不合格者の多くは、何をやっても中途半端なままだ。
テキストを半分以上読み進むことさえままならず、一問一答の正答率や分野別過去問の正解率が90%を超えることはほぼないと言ってよい。
──友人の誘いを断れない
もしあなたの友人が、本当にあなたのことを考えているならば、あなたを誘ったりしない。
試験が近いことをその友人が知っていたのなら尚更である。
にもかかわらず誘ってきたら、その友人はただの友人であって親友ではない。
親友ならば、これまで頑張ってきたあなたを知っているはず。あなたが合格することを、何よりも一番に考えてくれているはずである。
実は私も、本試験が近い夏以降に、職場の同僚に何度か誘われた。
しかし私は、自分の中で「宅建合格」が最優先だったので、誘いはすべて断った。
「付き合いの悪いやつだなぁ」
と揶揄されたりもしたが、私は気にせずに信念を貫いた。もしそれで、友人関係にヒビが入ったとしても、
「その程度の友人関係なら壊れてもいい」
とさえ思った。
今ならば、その友人も悪気があったわけではなく、いつもの軽いノリで誘ってきたのだと分かる。私も頑なになりすぎてた面があった。
だがやはり、本試験が近いことを知っている親友なら、決して誘うことはなかったはず。
逆の立場だったら、私は誘わない。
年に一度しかない試験の大切さを身に沁みて感じているから。
──勉強をしたりしなかったり
一週間に一日、空白の予備日を設けている場合は別として、基本的に「勉強しない日」は作らない方がいい。例えば、
「今日は5時間勉強したから明日はやらない」
というのはいただけない。一週間の勉強時間を14時間に設定して、土日に7時間ずつ勉強するから平日は勉強しない、というのもまずい。
勉強にはリズムがあるから、そんな偏った勉強をしていたのでは、いつまで経ってもリズムを作り出すことはできない。
総じて、毎日コツコツ勉強するのは女性が得意で、男性は苦手にしていることが多い。近年の宅建試験において、女性の方が男性より合格率が高いのはそのことも影響していると思う。
私の場合、どんなに疲れていようが、体調が悪かろうが、「一日30分以上」を最低限のノルマとして自分に課した。
もちろん、目標は「一日2時間以上」としていたが、毎日継続して勉強することが何よりも大切だと感じていたからだ。
また、「週に14時間以上」もノルマだったので、不足分の埋め合わせは土日にした。
小見出しにあるように、「勉強をしたりしなかったり」が一番まずい。
冷静に考えて、許容範囲内の勉強しない日数は、週にせいぜい2日まで。3日連続で勉強しないと取り戻すのが困難になる。
仮に一週間勉強しなかったら、リセットして最初からやり直しである。こんな勉強の仕方で合格できるわけがない。
精神論になってしまうが、合格したいのなら、もっと自己管理を徹底して自分に厳しくなってほしい。
──スマホ依存症
もう少し幅を拡げれば、パソコンやタブレット、携帯ゲームなどもそれに準ずる。
ある芸能人の女性が、某有名国立大学へ進学するために、自身のスマホをガラケーに替えて勉強に取り組んだ結果、見事合格を果たしたという記事を読んだことがある。
なるほどガラケーならばインターネットは制限されるし、通話やメールなど必要最小限の機能しかないものもある。
皆さんにそこまでは望んでいないが、そういう意気込みは必要だということ。
一日の間に、一体どれくらいの時間をスマホに費やしているのかを計算してみるといい。
勉強に関係のあるYouTube動画とかならまだしも、映画やアニメを観たり、ネットサーフィンに費やしている時間は膨大なはずだ。
それらの時間をせめて半分にし、その分宅建の勉強に時間を回せば、合格に近付けることは明白である。
特に本試験が間近に迫った9月以降は、できることならスマホは見ない方がいい。
ネットにも有益な情報はあるから、完全に遮断しなくてもいいと思うが、合格するためにスマホは一日30分だけにするとか、何らかの対策は講ずるべきだと思う。
とにかく今、何が皆さんの勉強の妨げになっているのか、一度洗い出してみるといい。
それで少しでも勉強に集中できる環境を作り出すことができれば、合格が視界に入ってくることは間違いないだろう。