──初めての敗北
「2点足りなかった」
平成25年度の宅建試験の合格ラインは、50問中で33点以上。息子・健斗の点数は31点だった。
市販の模試でも概ね28~36点くらいだったので、正直、合格するかどうかは五分五分だと思っていた。
宅建業法は20問中で18点あったものの、権利関係が14問中6点、法令上の制限が8問中4点、税その他が8問中3点しか取れなかったのが敗因だった。
初めての宅建試験は、こうして幕を閉じた。
人生初の敗北。杉浦健斗11歳、小学5年の12月初旬のことであった。
──なぜ宅建試験を受けようと思ったのか?
それは健斗が、まだ小学4年の3学期のことだった(たぶん2月)。
たまたまテレビで「高校生クイズ」という番組を夜にやっていて、それを家族で観ていた。
そのクイズに参加していた某高校の男子生徒の一人が、
「小学4年生で漢検1級に合格した」
と紹介されていた。
一緒にテレビを観ていた健斗の顔が、だんだん険しくなっていく。
そして私にこう言ったのだ。
「僕もなんか資格を取りたい」
今の健斗と同じ、小4で漢検1級を取得。この時まで健斗は、国家資格はおろか、民間の資格を含めて何の資格も持っていない。
学校では学級委員長を務めていたものの、検定試験とは無縁の生活を送っていた。私もこれまで、一度も健斗に資格の取得を勧めたことはなかった。
元来、健斗は負けず嫌いなところがある。きっと悔しかったのだろう。
とはいえ、小4で漢検1級の合格はもう無理だ。
とっさに私はこう返した。
「じゃあ、宅建でも狙ってみるか」
私が健斗に教えてあげられるのは、学校の勉強を除けば、宅建かギター(アコギ)くらい。
数年前に、趣味というか、将来の保険のつもりで取得した宅建の知識が役に立つかも、、
「うん、頑張るから教えて」
と力強い返事。
「分かった。でも学校の勉強はおろそかにするなよ」
「大丈夫、学校の勉強は好きだから」
この瞬間から、健斗と私の、宅建合格へ向けての奇妙な親子関係がスタートした。二人三脚での船出だった。
──小学生に民法が理解できるのか?
最初の関門はここだった。
大学生でもマスターが容易でない民法を、若干10歳の小学生に理解できるだろうか?
使われている漢字だって難しい。内容は言わずもがなだ。
宅建の権利関係のうち、14題中10問が民法である。残りの4問は、民法の特別法だ(借地借家法など)。
次の休みの日に、私は健斗を連れて、市内の書店へと向かった。宅建の参考書選びである。
私がメインに使ったのは、LECの『とらの巻』という黄色いテキストに、同じくLECの『ウォーク問』という分野別過去問集(全3巻)だ。
幸い、これらのテキストと過去問集はまだ現役だった(『とらの巻』は毎年5月に発売予定)。
試しに、『とらの巻』の民法の「意思表示」の部分を、健斗に15分くらいかけて読むように指示。
直後に、該当箇所の『ウォーク問』の問題を5問ほど解かせてみた。
私は自分の目を疑った。なんと全問正解、、
「やったあ!」
と喜ぶ健斗。
まぐれ? いや2択じゃなくて4択問題だから、まぐれなんかじゃない。しかし全問正解って、、
宅建の民法って、そんなに簡単か?
いや、そんなはずはない。民法は難しい。私自身が勉強してきて一番よく分かっている。これはもしかして、もしかするかも、、
親バカ全開である。
──目標に向けて舵を切る
「宅建の最年少合格って何歳?」
さっそく携帯(ガラケー)でググってみたら、過去の最年少合格者は「12歳」だと分かった。この時点(小4の3学期)で、健斗はまだ10歳。
健斗の誕生日は7月で、本試験は10月。合格発表は12月初旬。
今年受かれば11歳で合格だから、最年少記録更新!
「よし、いっちょ狙わせてみるか」
私は他の参考書には目もくれず、その場で『とらの巻』と『ウォーク問』3冊の計4冊を購入し、その日から健斗は宅建の勉強をスタートさせた。
しかし法律の初学者にとって、法律用語は難しい。まだ小学4年の健斗には尚更だった。
幸い我が家には、私が使っていた有斐閣の『法律用語辞典』があった。
健斗と私は、難しい用語を見つけては法律用語辞典を駆使しながら『とらの巻』を読み進めていった。
私自身も宅建に合格してから数年が経つので、記憶を呼び起こしながらの作業だった。
──学業との両立は可能か?
4月から5年生になった健斗は、引き続き学級委員長に選出された。成績も学年では分からないが、クラスでは恐らくトップだったと思う。
委員会の仕事なども精力的にこなし、学校での成績を下げることなく宅建の勉強を続けていった。
権利関係は、さすがに小学生には難しい項目(無権代理や抵当権など)もあり、そういうところは私がアドバイスしたりしたが、宅建業法は健斗がほぼ独りで進めていった。
夏休みが終わるまでに、『ウォーク問』の❶権利関係と❷宅建業法はほぼマスターしていた。それぞれ5~7周はしたと思う。
楽しいはずの夏休み。宿題を除いては、ほとんどの時間を宅建の勉強に充てていた。友達からの遊びの誘いも断ってよく頑張った。
残すは❸法令上の制限・税・その他のみ。だが実は、小5の健斗にはこれが一番厄介だったことに、この時はまだ気付いていなかった。